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犠牲になった会計士

りそなの会計士はなぜ死んだのか
 1995年9月に起きたあの大和銀行ニューヨーク支店の臨時巨額損失事件に端を発した「大和」の解体、改組、「りそな銀行」の発足という流れの中で一人の会計士が「自殺?」した「事件」を詳細に扱っている。やくざか絡みの噂もあった事から殺人説も浮上していたが、著者は「自殺であった!」と結論付けている。しかし、本当にそれで正しかったのか、今読み返してみると、あらためて疑問点が沸いてくるのだ。大阪堺筋本町に、当時「バブルの塔」と言われた高層本社ビルを建築した大和銀行、そのそばにある新日本監査法人が、「いい加減な監査」を「適当に」していた。その後、新日本よりはましとということで、りそなになった今はトーマツが監査をしているが、その前段階で朝日監査法人が監査をしていた。本書はそのときのお話。朝日も今は「あずさ監査法人」に名前が変わった、ああややこしい。
 会計士の「自殺」は何を意味するのか?それは、本当に「自殺」だったのか、と本書の腰巻にはある。本書は、実名の会計士、金融関係者、政治家等がふんだんに出てくる。個人的に良く知っている名前も出てくるので、良くわかることはよくわかるが、なんで、このときの教訓をその後生かさなかったのかという事をあらためて思う。その後、アメリカではエンロン、ワールド・コム、日本では西武、カネボウ等、いろんな会社のもっと性質の悪い不祥事が相次いだからだ。
 遅ればせながら日本も経営者の性悪説に立脚した会計監査を行うべき時期にきているようだ。
引用元:犠牲になった会計士

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りそなの会計士はなぜ死んだのか
評者はこの筆者の本をかなり読んでいるし、その銀行批判からは様々学ぶところがあった。
しかし、このりそな報告書はよくない。まず、再建中ということを割り引くとしても、りそなについて、筆者がその大切さを強調する管理会計上の説明ができておらず、戦略というほどのものが示されていない。また、本書を読んでいて思ったのは、けっきょく、日本の銀行は過剰に存在しており(この点は筆者も同じ認識に立つ)、しかもビジネスチャンスも限られるので、日本の産業界の平均以上の資本効率を達成することが困難ということである(りそなが極端なリストラを避けているだけになおさら)。そういう場合、金融機関が自分の仕事作りのためにがんばると結局、押し込みに終わるというのは経験則でないか(お客が逃げやすいリテールはともかく、法人取引は、これも筆者がいうように、銀行が強すぎる)。それを避けるには、無理な部門の縮小閉鎖は避けられまい。最後に、瑣末なことだが、買収ファンドについて、筆者の友人がいるAPは絶賛しつつ、村上ファンドは拝金亡者のようにいう、根拠が具体的に示されず、とにかく好き嫌いだけが述べられているのが印象的だった(法の盲点を突くうまさはどちらが上かわからないと思うが)。なお、巻末の銀行界将来図について、シティバンクを中心とする外国勢を競争化推進要因と考えるようだが、シティが以前処分を受けたこと、また、証券リテール部門では外資は撤退したこと、を考えると、そうは楽観できないように思う。
引用元:

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